お江戸物語(仮)〜罠〜
お江戸物語(仮)〜罠〜
「何があったというのだ・・・・マホロ」
落ち着かない様子でカチカチと刀をせわしなく出し入れし、行灯の灯りを見つめ
ながら呟く。
心に引っかかる物を感じるアスカ。
今日一日それとなくマホロを見ていたが別段変わった様子は無かった。
だが、何かがいつもとは違うような気がした・・・。
ただわかるのはマホロがまるで意志のない人形のような事だけ。
今のアスカはらんるの身辺のことで頭がいっぱいで自分のマホロは二の次になっ
ていた。
マホロもその事はわかっていたし、彼女の身辺はブラキオ屋の者達に任せっきり
になっていた。
それが間違いだったのか。
マホロに何かあったに違いない・・・
自ら手を差し伸べられない自分が腹立たしい。
アスカは拳を畳に落とす。
「・・・・おい、いるか?」
障子の向こうからする幸人の声にアスカは苛立ちを隠し平静を装う。
「はい、どうぞ」
アスカは障子を開けると幸人を招き入れる。
「どうしたんですか?こんな夜更けに・・・」
「・・・何かあったのか?」
幸人は座りながらアスカに尋ねる。
「いえ、何も・・・」
「・・・・ならいいんだが」
幸人の事だからきっと自分の嘘を見抜いているのだろうとアスカは思った。
自分の胸の内を話す事ができればどれほど楽か。
でも今、幸人もらんるの事で神経を張り詰めているに違いない。
その中、自分の心配をしてくれる幸人の気持ちがアスカには何より嬉しかった。
「それより姫のそばには誰か?」
「ああ、ちょうどお前の恋人・・・マホロと言ったか、いたんで頼んだが・・・」
幸人の話を聞いたアスカは血相を変える。
「幸人さん、早く姫の所に!」
「どうした?急に」
「今のマホロに姫を任せてはいけないんです!」
「なぜだ?お前の恋人だろ」
「何かが違うんです・・以前の彼女とは・・・」
その頃、らんるはアスカの所に行ったままの幸人を気にしていた。
心の中は不安でいっぱいだった。
片時も離れず自分を見守ってくれる彼。
想いはかなわずとも、視線に姿が入っているだけでよかった。
幸人の存在がらんるの心の支えになっていた。
その幸人が少しでもいないだけで心が姿を求めてしまう。
らんるはあまりに遅い幸人の元に行こうと部屋を出る。
「どこにおいでですか?姫さま」
隣の部屋で幸人の代わりに控えていたマホロが出てきて声をかける。
「三条殿は戻られたか?」
「いいえ、まだでございますが、どうかなされましたか?」
「いえ、アスカの所に行った三条殿があまりにも遅いから・・・」
「おかしいですね。アスカ殿なら先程まで私と一緒でしたが・・・それに・・・」
「なんですか!?早く言いなさい」
マホロの巧みな嘘にらんるは翻弄される。
そしてらんるは幸人が自分に嘘をついたという怒りとその行為を信じたくないと
いう感情が入り交じって思わず声を荒げる。
「はい、三条殿はアスカ殿の部屋とは反対の方に行かれました」
マホロの言葉にらんるの心は崩れそうになるが、まだ納得できないでいた。
幸人さんに逢って確かめたい。
今はその想いがらんるを動かす。
「三条殿を捜してください・・・いえ、こちらから参りましょう。マホロ、共を
」
「はい」
マホロは頭を下げるとにやりとほくそ笑む。
そしてらんるには気付かれない様に
隠れていたトップゲイラーに視線を送るとらんるの後をついていった。
トップゲイラーもにやりとほくそ笑むと姿を消した。
らんるは幸人の姿を求めて歩いていくと、明かりがついている部屋が見えた。
その部屋から人の声がかすかに聞こえる。
幸人はここにいるに違いないと確信したらんるはおもいっきり障子を開ける。
「あっ・・・」
部屋には甘い香りが充満していた。その香りは徐々に思考能力を麻痺させた。
「三条殿!いらっしゃるか?」
らんるは袖で鼻を覆いながら中に入っていく。しかし返事はない。
らんるは奥にある襖をそっと開ける。
そして目の前の状況に言葉をなくす。
幸人が自分が知らない女性を抱いていた。
幸人はらんるに気付くとその行為をやめようとせず、にやりと笑う。
らんるにとってあまりにも残酷だった。
らんるは身体の力が抜けその場に座り込む。
マホロが背後かららんるの肩を抱き耳元で囁く。
「姫さま、三条殿も所詮男。あのように簡単に裏切るのです、わたくしがアスカに裏切られた様に・・・」
らんるは一筋の涙を零し、そのまま倒れた。
「もういいわ、トップゲイラー」
マホロは襖の奥の幸人に声をかける。
すると幸人と抱いていた女性が消え、その代わりにトップゲイラーが現れた。
らんるは甘い香りで一種の催眠状態になり、トップゲイラーの幻影を本物と思い
込んでしまった。
「たやすいな・・・」
「ええ、で、これからどうするの?」
「おまえは俺とこい。この女は俺が連れていく。奴の事はあの方に任せておけば
いい」
幸人とアスカはらんるの部屋へ急いだ。
途中、壬琴が不敵な笑みを零しながら立っていた。
二人は軽く会釈をし、通り過ぎようとする。
「何を急いでるんだ、お二人さん」
「いえ、何も・・・」
二人はかかわらないように言葉を濁す。
「ふっ、まあいい。らんる姫の所だろうが急いだって無駄だぜ」
「それはどういう意味だ!?」
幸人は壬琴の言葉に反応し歩みを止める。
「どうもこうもない。おまえが相手にしてくれないから慰めてほしいって泣きな
がら俺の所にきたぜ」
「でたらめを言うな!!」
「幸人さん、だめです!」
壬琴に掴み掛かろうとする幸人をアスカは必死に止める。
「嘘だと思いなら俺の部屋に来いよ。ぐっすりおねんねしてるぜ」
勝ち誇ったように話す壬琴を幸人は睨むと部屋にむかう。
「おい!三条幸人」
幸人は振り返ろうとせず行こうとする。
「ちゃんと慰めておいたぜ」
幸人は一瞬立ち止まったが、そのまま足早に去っていった。
しかし壬琴は見逃さなかった。幸人が拳を握りその手が震えていた事を。
「俺の勝ちだな」
壬琴はふっと笑った。
嘘だ!あいつの言ったことは。
部屋へ向かう途中、幸人は心の中で叫んだ。
彼女からあいつの所に行くはず訳がない。
あいつに無理矢理連れて行かれたなら俺が一時でも離れたせいだ!
怒りと自責の念が身体を突き抜ける。
隣に歩いているアスカにも幸人の動揺が手に取るようにわかる。
いままで接してきてこれほどまでの幸人を見るのは初めてだった。
アスカにはかける言葉が見つからなかった。
ただ無言で二人は壬琴の部屋へ向かった。
二人は部屋の前に立ち、障子に手をかける。
そこにらんるが居ない事を願って・・・
しかしその願いももろくも崩れ落ちる。
壬琴が言った通りらんるが布団の中に横になっていた。
脇にはマホロがすわっていた。
二人には言葉がなかった。
らんるの姿を見て、幸人はただ茫然と立ち尽くす。
「なあ、嘘じゃないだろ」
耳元で囁かれる壬琴の声。
幸人の怒りが頂点に達する。
壬琴の胸ぐらをつかみ、柱に押しつけ睨む。
隣にいたアスカは幸人から凄ま
じい殺気を感じていた。
「そんな恐い顔するなよ」
うっすら笑みを浮かべる壬琴が余計に腹立たしい。
胸ぐらを掴む手に力が入る。
「手を放しなさい!!」
その声は幸人を驚愕させる。
それは紛れもないらんるの声だった。
声のするほうを見るとらんるは起きて憎しみに満ちた眼差しで睨んでいた。
「その手を放しなさい!三条殿」
「なぜだ!?なぜこいつを庇う!?」
いままでのらんるに対する壬琴の数々の仕打ちを本人は知らないにせよ、らんる
は壬琴を嫌っていたのだ。
庇うことなど思いもしなかった。
「それは・・・壬琴様は私の許婚だからです。
私が許婚を庇ってなぜいけないのです」
許婚・・・らんるの口からでた言葉。
「・・・・らんる・・・姫」
幸人はらんるの言葉に驚きを隠せなかった。
掴んでいた手は止まり、らんるを見つめる。
その言葉は本意なのか?
彼女の瞳から読み取ろうと試みる。
しかし彼女の瞳には憎しみしか宿っていなかった。
しかもそれは自分に向けられている。
なぜ、そんな目で俺をみるんだ?
理由のわからないまま、らんるから目をそらす。
「さあ、放してもらうぜ」
壬琴は自分の胸ぐらを掴んでいる手を払う。
「じゃあな」
壬琴はふっと笑うと、そのまま部屋へと入っていった。
ぴしゃりと障子が閉まると同時に幸人は膝を着く。
アスカが慌てて駆け寄る。
「幸人さん、あれは姫の真意ではないですよ。
マホロもいました。きっと二人に仲代様が何かしたに違いありません」
「ああ」
「部屋に戻ってこれからの事を考えましょう」
アスカに腕を引き上げられ、らんるのいる部屋をちらりと見ると幸人は部屋へと
戻っていった。