怖くないおまじない
他の客が横目でちらちら見ているのも気にせず、ビデオの陳列棚の前で考え込むレモンイエローのカットソーにオフホワイトの長めのフレアースカートの少女一人。
最近売れ始めたアイドル、野乃七海である。
「これはこのあいだ見たし、あれもあっちも。この辺全部制覇しちゃったみたい。」
最近、よくビデオを借りる。アイドルになって外へ行くことがなかなか難しくなっている。
だから愛しい人とのデートも自分の部屋というのが多くなった。
二人で恋愛物のビデオを2,3本見るのが最近のパターン。
今日もこれからかの君が来るので、ビデオを借りに来ていた。ビデオを物色しながら歩いているうちに、パッケージの雰囲気が変わるのに気付く。
よくよく見てみると、ホラーの物のビデオが集められているコーナーだった。
「たまにはこういう物いいかな、結構平気だし。一鍬こういうの見たことないよね。」
少女は一鍬の驚く顔を想像し、小さく笑う。そして内容もわからないまま、一本のビデオを手にして、レジに向かう。
夜。食事のかたづけをし、冷蔵庫からよく冷えた一鍬が好きな苦めの缶ビールと自分のためのコーラを持って戻ってくる。
テーブルの上にはすでにポテトチップスが皿の上に出されていた。七海は持ってきた飲み物を『これが最後ね』と一鍬に言い、テーブルの上に置く。
七海は部屋を豆電球だけの灯りにし、一鍬から渡されたビデオをデッキの中に入れる。
そしてテレビを向かい側にしてベッドを背もたれにし座っている黒いトレーナーの一鍬の隣に座る。
「今日はどんな奴だ」
一鍬は缶ビールを飲みながら、七海に問う。
「今日は何時ものとは違うよ。あたしもこういうの見るの久しぶり。楽しみにしてて」
一鍬は訝しげに笑みの絶えない七海を見る。それに気付いた七海は一鍬の顔を両手でテレビの方へ向かせる。
「始まるよ」
本編が始まる。それは一鍬が見たことのない映画だった。(今まで見た映画といっても七海に見せられた映画ぐらいだが)
いわゆるグロい系のスプラッタ映画だった。一鍬は凝視する。たぶん本物だと思っているのだろう。
傍らでその顔を見て、小さなガッツポーズをとる七海。七海は最初のうち見ていてもそれほど怖くないので、ふざけ半分で一鍬にしがみついてみせる。
「きゃ、気持ち悪い♪」
なんて心にもない言葉を並べて。しかし内容が進むにつれて、七海もふざけてはいられなかった。
「きゃ」
一鍬の胸に顔をうずめる。作り物だとわかっていても気持ちが悪くビデオなど見てられなかった。
一鍬もかなり汗をかいていたが、気付かれないように装い自分の胸に顔をうずめている七海を抱きしめる。
しばらくして我慢できなくなった一鍬はビデオを止める。
七海の顔を覗き込むようにして尋ねる。
「なぜこんなビデオを借りてきた?」
七海は一鍬の胸から顔を上げ、口を尖らせる。
「たまにはいいと思ったんだもん」
そんな七海を見て一鍬はあきれてしまう。
「自分が見られない物を借りるな」
少し強い口調で七海に言う。七海もさすがに堪えたらしく、俯いて答える。
「・・・はい・・・・」
「ったく、つまらん物を見た。」
残っていた缶ビールを飲み干し、新しい物を取りに行こうと七海の体を外し、立ち上がろうとした瞬間、その一鍬の手を七海は引っ張る。
「なにを・・・」
転びそうになった一鍬は七海を見る。七海は目が合うがすぐに俯く。
「・・・・・・・・・・」
「何か言ったか?七海」
「・・・・・・・・・」
「小さくて聞こえない。もう少し大きな声で」
「・・・・・ひとりじゃ・・・」
「一人じゃ?」
「・・・・こわい・・・・」
「はあ?」
「あんなの見たら、一人になるのが怖い」
七海は恥ずかしさを隠すため、怒った口調でいう。
「お前、仮にもハリケンジャーをやっていたじゃないか。そんなことで怖がってどうする。
よくジャカンジャと戦ったものだ」
一鍬はあきれた口調で言う。
「だって、ジャカンジャは倒せば、消えるか、爆発していたじゃない。あんなグロクなかったもん」
反論する七海の目には涙がたまっている。その目を見た一鍬は何も言えなくなってしまった。
「わかった。泣くな、七海」
一鍬は七海の頭をグシャと触り、自分の胸の中に七海を納める。胸に頬を寄せた七海は安堵する。
しかし次の瞬間、一鍬のシャツが湿っぽいのに気付き、七海はほくそ笑む。
「ねえ、一鍬」
「なんだ?」
「シャツ汗ばんでない?」
七海は一鍬のシャツをつまみ、顔を見る。
「し、仕事で汗をかいたからな」
「うそ、本当は怖かったんでしょ」
「そ、そんな事はない」
「うそついても解るんだから」
一鍬は慌てた様子で乱暴に七海をどかし、立ち上がる。七海はきょとんと目を丸くする。
「いっしゅう?」
一鍬は振り返らずに、
「さっきビールが無いと言ってたな、買いに行って来る。」
そそくさとダークグレーの上着を持って玄関の方へ行ってしまう。
そんな一鍬の背中をみて、くすりと笑う。
心の中ではガッツポーズをとったのは言うまでもない。七海も慌てて立ち上がり、後を追う。
「まってよ〜、いっしゅう。一人にしないでよ」
七海は一鍬の腕に絡みつく。
「一鍬も一人では行くのは怖いんでしょ?」
「うるさい、怖くなどない。ったく、そんな減らず口はこうするしかないな」
七海の腕を外し、自分の腕を後ろから回し、七海の口を押える。
「ふが、ふが」
七海は一鍬の手を外そうと自分の手を掛ける。そんな七海を見て一鍬は手を外し
「期待していただろう?」
不敵の笑みで七海を見る。七海は口を尖らせ、頬を膨らませる。
「いじわる」
「本当にこの口は・・」
一鍬は方眉を上げ、七海を見る。七海の顎を持ち、何時もとよりも少し艶やかなローズピンクの唇に触れようとしたとたん、七海は白く細い指で一鍬の唇を触れる。
「?」
「お返し♪」
七海はくすくすと笑い、玄関の近くに置いてあった、ライトブルーのダッフルコートを着る。
「怖いから早く行こう。一鍬」
「本当に怖いのか?一人でもいけそうな感じだかな」
「えー、そんなことないよ。本当に怖いんだから」
一鍬は玄関で靴を履いてる七海を自分の方に向かせる。
「じゃ、まじないをしてやろう」
不思議そうに小首をかしげる七海の唇に触れるだけのキスをする。
一鍬が顔を離そうとすると七海は細い腕が一鍬の首に回し、一鍬の顔を自分の顔に寄せる。
「そんなおまじないじゃ効かないよ」
と小悪魔のような笑みを称え、穏やかに言う。
「では、どうしたらいい?」
こちらも七海と負けず劣らず、不敵な笑みを称える。
「こうするの♪」
七海は一鍬のりりしい唇に口付けを寄せる。先ほどよりも熱い口付けを。唇をはずし、お互いを見て、小さく笑う。
「このまじないの方が利きそうだな」
「そうでしょ♪」
「だったら一人でいけるな」
一鍬は自分の首から七海の腕は外し、玄関の方に向かせる。
「うそでしょ、いっしゅう」
一鍬は笑顔で後ろから玄関を開け、七海の背中を押し、出そうとする。
七海はくるりと廻り、一鍬の腕を取り、引っ張る。
「もう、一緒に行くの!」
「わかった、解ったから引っ張るな」
「じゃ、はやくいこ」
慌てて靴を履いている一鍬の腕を引っ張り、近くのコンビニへと向かう。
End
この話はチャットでいつもお相手していただいている方からお題を頂いて書きました。
最初はコンビニに行くんじゃなくて、風呂場に入るってのを書いたんですけど・・・。
鍬七同盟に投稿するために変えました。それなのでこちらを載せました。