一鍬と七海 1 出逢い


まだ疾風と迅雷が光と影になる前、対等の立場の時代の話。



それは疾風と迅雷が勢力を競っていた頃、同じ町に二人はいた。疾風の姫君、七海。迅雷の若者、一鍬として。
しかし、その時はまだお互いを知らない。対立する流派の人間なのだから、無理も無い。
しかしこれから短くも激しい恋をするとは知る由もない。



ある日疾風流の長老が宴会を開くことになった。それは仮面をつける宴会、西洋風に言うと仮面舞踏会。

そのことは、町の誰もが知っていた。対立する流派以外の若者は招待を受けていたからである。

その中に一鍬が恋焦がれている女性もいた。一方的な片思いだが。兄である一甲もそのことは知っていた。

「一鍬、彼女も疾風の宴会にいくらしいぞ。」
「そうなのか、兄者。それに行けばあの人に会えるのか?しかし・・・」
「彼女に会いたいのであろう?」
「ああ。」
「ならば忍び込むまで」
「ばれたら事だぞ。兄者」
「仮面をつける宴会なのだから、ばれることは無い」
「ならいいのだが」
心配する一鍬の横で、一甲は狐の面をつける。

「一鍬、これをつければ大丈夫だ」
一甲は面を指差す。一鍬はにやりと笑い

「そうだな、行こう兄者。」

一鍬は一甲と同じ狐の面を付け、二人は宴会へと向かった。



兄弟は大勢の若者が楽しんでいる宴会の場所に着いた。
若者たちはそれぞれ色々な装束に身を包んでいる。その場所は熱気にあふれていた。
二人は中に入り、目当ての女性を探し始めた。中々見つからない。

「兄者、あの人はどこにいるのだろう」

その声に、近くを通りかかった七海の幼馴染の鷹介と吼太が一鍬を見る。

「あいつ、迅雷の・・」

一鍬はきょろきょろと頭を振ると、ひとりの少女の姿が目に入る。
水色の小袖を着ていて、顔を隠していない。少女は満面の笑みを称え、彼女の友人であろう女性と談笑していた。

一鍬は今まで恋焦がれていた女性など忘れ、少女の黒く大きな瞳、桜色の唇に一目で虜になってしまった。
一鍬は大勢の人を掻き分け、少女に近づく。
少女は近づいてくる青年に気付き、慌てて、目だけの仮面をつける。一鍬は少女に手を差し伸べて

「俺と踊ってくれぬか」

少女はその手を取る。少女は俯き加減で、返事をする。

「はい」

二人は踊りの輪に入っていった。しばらく踊った後、一鍬は少女の手を引き人込みを離れる。
一鍬は少女の頬に手を添え、じっと見つめると意を決して自分の面を取る。
< 少女は一鍬の秀麗な顔を見上げる。整った綺麗な顔、涼やかな目。今まで見たことのない美しさに一目で心奪われる。

「お前に桜色の唇に口付けをしたい。」
「えっ?」
「だから、その面をはずして顔を見せてほしい。」
「お戯れを。」
「戯れではない。先ほどそなたに顔を見てどうしても見たい」

少女は一鍬にじっと見つめられ、我を忘れる。

「そなたの顔を・・」

少女は甘い声に我に返り、素直に面をとる。ただじっと見詰め合う二人。周りの音楽や歓声など二人の耳には入ってこない。

「美しい。終わるまで動かないで」

一鍬はそっと桜色の唇に口付けを落とす。七海の頬は紅潮し、俯く。
そんな仕草にかわいらしさを感じ、また口付けをしようとする。
その瞬間、鷹介は一鍬の肩を掴み少女から引き剥がす。

「鷹介、吼太!!」
「七海、こいつ迅雷の奴だ」
「えっ!?」

二人はお互いの名を聞き驚きの眼差しで見る。

『七海・・・疾風の姫・・・なんてことだ』
『迅雷流の人・・・・なんてことを・・・』

鷹介は近くにいた彼らの教育係の朧を呼ぶ。

「朧さん、早く七海を奥へ」

呼ばれた朧は七海を奥へと引っ張っていく。七海は一鍬の顔を名残惜しそうに見詰めながら、連れていかれた。

「迅雷流の奴がよくもここに」

鷹介が一鍬に殴りかかろうとすると、吼太がその腕を取る。

「鷹介、今はまずい。長老もいることだし」

鷹介は悔しそうに舌打ちをする。そのちょっとした騒ぎに気付いた一甲が一鍬のそばまでやってきた。

「なぜ、面をはずしている。一鍬」

一鍬は何も答えられ無かった。ただなんでもないと頭を振るだけだった。

「目障りだ。早くここから出て行け!」

わざわざ騒ぎを起こしたくなかった二人はo口に向かった。

その様子を遠くから見ていた七海は朧に尋ねた。

「ねえ、朧さん、さっきの髪の長い方の名前知ってる?」
「ああ、迅雷流の霞一鍬や」

七海は心の中で何度も愛しい人の名を繰り返し呟く。そのまま朧に連れられ自分の部屋へと戻っていった。

出口までやってきた一甲はまた一鍬をはぐれる。

「まったく、一鍬は」

この人込みでは捜すのは無理と判断した一甲はそのまま家路へと着く。



その頃、一鍬は人の目を逃れ、疾風の奥座敷の庭に潜んでいた。七海に会いたい為に。
物音がし、一鍬は頭を向ける。そこには、広縁に出て月を見ている七海の姿があった。
月の光が七海を幻想的に浮き上がらせる。

「一鍬、あなたはなぜ一鍬なの?迅雷流を捨てて。もしそれが出来ないのなら、私を愛すると誓って。
 そうすれば、私も今限りで疾風流を捨ててみせる。」

寝巻き姿の七海は胸の前で手を組み、それを抱え込むようにして呟く。

「憎いのはその流派だけ。たとえ迅雷流を捨ててもあなたは変わらないはず。」

物陰に隠れていた一鍬は姿を現し、七海に答える。

「あなたが望むなら、迅雷流を捨てよう。」

その声に驚いた七海は部屋に戻ろうとする。

「きゃ」

一鍬は七海の手を捕り、自分の方に抱き寄せ口付けを落とす。そのまま七海を胸の中に収める。

「このまま二人でどこかに逃げよう」
「でもどこへ?」
「我らの名を知らないところへ」

七海は悲しい笑顔を浮かべ、頭を振る。

「どこへ逃げても、見かるわ」

・・・ななみ・・

遠くの方で鷹介が呼んでいる声が聞こえる。七海は慌てて

「早く行って。見つかれば殺される。さあ、早く!」

一鍬は手を離せなかった。いや、離したくなかった。

「また、会いたい。」
「では、明日手裏剣神社で。必ずいきますから。さあ、早く」
「解った、待っている」

一鍬は名残惜しそうに手を離すと急いで出て行った。入れ違うように鷹介と吼太がやって来る。

「大丈夫か?七海」
「どうして?」
「人の声が聞こえたような気がしたから」
「誰も来なかったよ、さあ、早く寝よう、お休み」

そそくさと七海は部屋に入り、障子を閉める。

残された二人は不思議そうに顔を見合わせると、自室に戻って行った。




ずっと書き溜めていた鍬七です。
読んでお解かりのように『ロミオ&ジュリエット』です。
しばらく続きます。お付き合いお願いします。